敷金の返還時期
賃借人から「先に敷金を返還してもらわなければ明渡しに応じない」と言われました。どのように対応したらよいのでしょうか、というご質問をいただくことがあります。
賃借人は、敷金の返還(債務の精算)に先立って建物の明渡しをする義務を負っています。
賃貸人が先に敷金を返還する必要はありません。
敷金は明渡しまでの損害を担保するための金銭であると考えられているためです。
1.敷金は退去までの担保
建物賃貸借が契約終了した場合、賃借人は、賃貸人に対し、賃借建物を明け渡す義務が発生します。
賃借人の建物明渡し義務は、賃貸借契約終了時点で既に発生しているものです。
もっとも、賃貸人の敷金返還義務については、賃貸借契約終了と同時に発生するものではありません(明渡しに発生します)。
このように、賃借人の建物明渡義務が生じる時点が、賃貸人の敷金返還義務が生じる時点より先であることから、法律上、賃借人が先に敷金を返還するように求めることはできないといえます。
2.敷金返還義務の成立時期
ここでは、賃貸人の敷金返還義務がいつ発生するか、という点について解説します。
賃貸人の賃借人に対する敷金返還義務がいつ発生するかは、敷金とは何のために授受される金銭であるのかということに関係します。
敷金は、一般的には賃借人から賃貸人に対して無利息で預託され、敷金を授受した目的が終了した後に、賃貸人から賃借人に返還される金銭です。
敷金が授受される目的は、建物賃貸借契約における賃借人の賃貸人に対する債務(賃料支払債務や明渡時の原状回復債務など)を担保することです。
つまり、敷金は、賃貸人にとっては、賃借人に対して有する賃貸借契約上の権利の担保としての意味がある金銭です。
このように、敷金が賃貸人にとっての担保であることから、敷金をいつ返還すべきかは、賃貸人が担保を保有する必要性がいつ消滅するかによることになります。
そして、担保を保有する必要性がいつ消滅するかは、敷金によって担保されるものは具体的に何であるかによって決まることになります。
(1) 敷金により担保される範囲
敷金は、以下にあげるような、賃貸借契約に基づき賃貸人が賃借人に対して有する一切の債権を担保するものです。
1.賃料債権
敷金の目的として、賃貸人の賃借人に対する基本的な債権である賃料支払債権を(少なくとも敷金の範囲では)確実に回収できるようにする、ということがあります。
2.賃料の支払が遅れた場合の遅延損害金
敷金は、賃貸借契約に基づく債権を担保するためのものですから、賃貸借契約期間中の、賃料の支払が遅れた場合の遅延損害金も、敷金で担保する範囲に含まれます。
3.賃貸借契約終了後、明渡し完了までの間の明渡し遅延損害金
敷金により担保される権利の範囲の中に賃貸借契約が終了した後に発生する債権も含まれるかということが問題になります。
具体的には、賃貸借契約終了後に賃借人が明渡しをするまでの間の建物の使用損害金です。
この点について、最高裁は、「家屋賃貸借における敷金は、賃貸借終了後、家屋明渡しまでに生ずる賃料相当額の損害金その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の権利を担保するもの」であると判断しています(最高裁判所昭和48年2月2日判決) 。
4.原状回復費用
賃借人は、建物を明け渡す際、賃借人の故意過失等により生じた損耗などを元に戻す義務(原状回復義務)を負っています。
この原状回復にかかる費用も、敷金から差し引かれるのが一般的です。
(2) 敷金返還請求権の額が確定する時期
敷金が担保する債権の範囲に「賃貸借終了後家屋明渡しまでに生ずる賃料相当額の損害金」が含まれると解される以上、賃貸人が賃借人に返還すべき敷金の額は賃貸借が終了しただけでは確定せず、家屋明渡しが完了した後に初めて具体的金額が確定するということになります。
前記判例は、「敷金返還請求権は、賃貸借終了後家屋明渡し完了の時において、それまでに生じた被担保債権(敷金によって支払を担保される債権)を控除しなお残額がある場合に、その残額につき具体的に発生するものと解すべきである。」としています。
つまり、敷金返還請求権は、明渡完了の時点で、敷金によって支払いを担保される債権(賃料債権や明渡しまでの損害金、原状回復費用など)を差し引いて精算し、更に残りがある場合には、その残額について具体的に請求できる権利が生じる、ということです。
したがって、敷金の返還と家屋の明渡しは引き換えの関係に立つのではなく、まず明渡しを先に履行すべきことになります。
【注意】
弊所では、居住用物件については貸主様からのご相談・ご依頼のみをお受けしております。
居住用物件の借主様からのご相談・ご依頼(マンション・アパートを借りていらっしゃる方からの退去交渉等のご相談・ご依頼)は受け付けておりません。予めご了承ください(債務整理としてご相談をお受けすることは可能です)。
なお、テナント物件(事業用物件)については、貸主様・借主様いずれの方からもご相談・ご依頼をお受けしております。