親戚や友達からの借金だけは返したいのですが
特定の債権者にだけ支払いをしてはいけません
ある特定の債権者にだけ担保を差し入れたり、返済をしたりすることを「偏頗行為(へんぱこうい)」といいます。その中でも多いのが、ある特定の債権者にだけ返済をする場合で、このような行為を「偏頗弁済(へんぱべんさい)」といいます。
破産手続きは、残っている破産者の財産を平等に分配することを目的とする手続きです。このルールのことを「債権者平等の原則」と呼ぶこともあります。
偏頗行為は、この「債権者平等の原則」という破産手続きの基本ルールに反する行為ですから、破産手続き上の不誠実な行為として、ペナルティを受けてしまうこともあります。
偏頗行為は免責不許可事由とされている
免責とは
免責とは、借金などの債務の支払義務を免れること(つまり、借金を無かったことにすること)をいいます。
「自己破産をして借金をチャラに」とよく言われますが、厳密にいえば自己破産をしただけでは借金は無かったことになりません。破産手続きと並行して行われる免責手続きという別の手続により、裁判所から免責許可決定を受けると、借金が無かったことになるという効果が発生します。
したがって、この免責許可決定が得られないと、自己破産をする意味がほとんどなくなってしまうのです。
不当な偏頗行為は免責不許可事由となる
破産法252条1項3号は、不当な偏頗行為を免責不許可事由のひとつと定めています。
要件
- 特定の債権者に対する債務について担保の供与又は債務の消滅に関する行為がされたこと
- その行為が債務者の義務に属しない、又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しない行為であったこと
- その行為が当該債権者に特別の利益を与える目的又は他の債権者を害する目的でされたこと
①特定の債権者に対する債務について担保の供与又は債務の消滅に関する行為がされたこと
一部の債権者への債務についてだけ不動産に抵当権を付けたり(担保の供与)、債務の支払いをしたり(債務の消滅)する行為をいいます。
②その行為が債務者の義務に属しない、又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しない行為であったこと
契約の時に約束をしていなかったのに一部の債権者に対してのみ不動産を担保として差し出した場合や、債務の支払い期限がまだ来ていないのに債務の支払いをした場合などを指します。
③その行為が当該債権者に特別の利益を与える目的又は他の債権者を害する目的でされたこと
偏頗弁済が、相手となる債権者の特別の利益を与える目的でされた場合や、偏頗弁済をすることによって他の債権者が債権を回収することが難しくなることを知りながらあえて偏頗弁済を行った場合をいいます。
支払不能の後にされた場合は否認権の対象となる
さらに、破産者が支払不能となった後に偏頗行為がされた場合には、破産管財人によって否認権を行使され、効力が否定されることがあります。
否認権とは
否認権とは、破産者が破産手続きの目的達成の妨げとなるような行為をしたときに、破産管財人がその効力を無効とし、破産財団をあるべき姿に戻すための制度をいいます。
わざと自分の財産を破壊して価値をなくしてしまう行為など、否認権の対象となる行為は、偏頗行為に限りませんが、偏頗行為も否認権の対象となります。偏頗行為に対して否認権を行使する場合のことを「偏頗行為否認」と呼ぶことがあります。
偏頗行為否認(破産法162条1項)
支払不能になった後または破産手続の申立てをした後から破産手続開始決定までの間に行われた偏頗行為は、破産者がどのような意図で行為をおこなったかを問わず、否認権の対象となります。
支払不能
支払不能とは、「債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態」をいいます(破産法2条11項)。
つまり、支払いに見合う収入が足りず、期限が来ている支払いをできない状態が、一時的ではなく、一定期間続いている状態をいいます。実際に支払いが滞った場合(支払停止があった場合)であって、それが破産申立ての日からさかのぼって1年以内である場合には、支払不能であることが推定されます(破産法162条2項)。
既存の債務について担保の供与または債務の消滅に関する行為がされたこと
担保の供与とは、破産した人が持っていた財産について抵当権を設定する場合などをいいます。
債務の消滅に関する行為とは、弁済(支払いをすること)、相殺、更改(債務の内容を変更すること)、代物弁済(お金の代わりに物を差し出して支払いの代わりにすること)、免除などがこれに当たります。
偏頗行為否認の対象となる行為は、既に存在する債務についてされる必要があります。たとえば、破産した人が新しくお金を借り入れ、その担保のため不動産に抵当権を設定する行為は、対象となりません。
行為の相手方の悪意
偏頗行為否認が認められるためには、破産者から支払いなどを受けた相手方(「受益者」と呼ばれます)が、破産者の支払不能・支払停止または破産手続申立てについて悪意であったことは必要です。
なお、「悪意」というと他の人を困らせてやろうなどといった悪質な気持ちのことだと思われる方が多いですが、法律用語の「悪意」とは、単にあることを「知っていたこと」という意味です。反対に、あることを「知らなかったこと」を法律用語で「善意」といいます。
否認権が行使されると
否認権が行使されると、対象となった行為は無効となります。偏頗弁済(特定の債権者への支払い)について否認権が行使された場合には、その支払いを受けた相手方(受益者)は、支払いを受けた金額に支払いを受けた日からの利息(年5%または6%)を付けた金額を支払わなければなりません。
つまり、破産をした人が、親戚や友人に対して好意で支払いをしたとしても、そのために親戚や友人が受け取った金額に利息を付けた金額を返済しなければならなくなってしまい、かえって迷惑がかかってしまう可能性があります。