1.少額の工事代金回収
これまでご紹介させていただいたとおり、訴訟によって工事代金の支払いを請求した場合、解決まで時間がかかることが多いです。そのため、少額の工事代金を回収するために弁護士費用をかけることに躊躇するお客様もいらっしゃると思います。事実、そのような弱みを突いて工事代金の支払いを免れようとする事案もあります。
しかし、建設業法では請負契約について書面作成が義務付けられていますし、追加工事や工事内容に変更があった場合にも書面作成を義務付けています(詳細は「取引上の問題⑦契約書作成上の注意点」をお読みください)。そのため、相手方が正当な理由なく「ゴネているだけ」の場合、訴訟を提起しなくとも、簡易裁判所による「支払督促」や「少額訴訟」の制度を利用することによりスムーズに解決できる場合もあります。
このページでは、少額訴訟と支払督促についてご説明させていただきます。
2.少額訴訟
少額訴訟手続とは、1回の期日で審理を終えて判決を言い渡すことを原則とする特別な手続きで、60万円以下の金銭の支払を求める場合に限って利用できる、簡易裁判所における訴訟手続です(民事訴訟法第368条第1項)。なお、「60万円以下」かどうかの計算に利息や遅延損害金は含まれません。また、少額訴訟を同じ裁判所で利用できる回数は、年に10回までと決められています。
この制度は、簡易迅速に紛争を処理することを目的として設けられた制度なので、通常訴訟よりも手続きが簡易で、時間がかかりません。期日は原則として1回のみで、30分から2時間程度の時間をかけて証人尋問などを行い、その場で和解が成立するケースもあります。
また、申立費用も通常の訴訟より安い上に、判決が確定すれば通常の訴訟と同様に強制執行ができるようになります。もっとも、少額訴訟にもデメリットはあります。少額訴訟で訴えられた人(被告)は、最初の期日で自分の言い分を主張するまでの間、少額訴訟手続ではなく、通常の訴訟手続で審理するよう、裁判所に求めることができます(同法第373条第1項)。この場合、最初から通常の訴訟を提起した方が二度手間にならずに済んだ、ということになりかねません。
また、少額訴訟手続によって裁判所がした判決に対して不服がある人は、判決又は判決の調書の送達を受けてから2週間以内に、裁判所に対して「異議」を申し立てることができます(同法第378条第1項)。この「異議」があったときは、裁判所は、通常の訴訟手続によって、引き続き原告の請求について審理を行い、判決をします。(同法第379条第1項)。つまり、相手方から異議があった場合、そこからさらに通常の訴訟手続が開始されることになるので、どうしても時間がかかってしまいます。
なお、通常の訴訟手続が開始され、判決が言い渡された場合、この判決に対しては控訴をすることができません。
3.支払督促
支払督促とは、金銭債務を相手方が支払わない場合に、申立人の申立てに基づき、簡易裁判所の裁判所書記官が支払を命じる文書(支払督促)の発付を行う手続をいいます。
通常の裁判や少額訴訟の場合、請求を行うためには訴状に証拠を添付する必要があります。しかし、支払督促の場合には、請求を基礎づける事実関係が最低限記載されていればよく、証拠を添付する必要はありません。また、訴訟のように、審理のために裁判所に出頭する必要はありません。
支払督促の送達から2週間以内に相手方が異議申し立てをしない場合、支払督促に対して仮執行宣言を付すことを申し立てることが可能となります。そして、当該仮執行宣言付与の申立てから、更に2週間以内に債務者が異議を述べなければ請求内容が確定します。請求内容が確定した支払督促は債務名義として強制執行が可能となります。
このように支払督促は、債務者が何も対応しなければ、裁判所に出頭することなく強制執行まで迅速に進むことができるという大きなメリットがあります。加えて、申立費用は訴訟の半額+郵便切手代で足り、訴訟よりも安くすみます。また、一定の手続が必要となりますが、オンラインで支払督促を申立てることも可能です。
しかし、支払督促にもデメリットがあります。相手方が支払督促に異議を申立ては効力を失い、通常訴訟に移行します。異議の申立は、支払督促を受領した後、2週間以内に、異議があるという旨の書面を裁判所に提出するだけです。なお、異議に理由は必要とされていません。通常訴訟となった場合、証拠等を提出するなど、訴訟と同様の主張・立証を求められることになります。
また、相手方の異議によって通常訴訟となった場合、管轄の裁判所は相手方の住所地となります。そのため、債務者が遠方にいる場合、裁判所へ出向く時間や交通費の負担だけでもかなり大きくなってしまいます。最初から通常訴訟を提起する場合であれば、管轄となる裁判所はある程度選択できますし、契約書に裁判所の管轄について合意があれば、その裁判所を管轄として通常訴訟を起こすことも可能です。
4.まとめ
このように、工事代金の回収のためには、通常訴訟以外の方法もあります。しかし、どのような手段を執るにせよ、メリットもデメリットもあります。どのような手段によるのが最適なのかは事案によりますので、工事代金の回収にお悩みの方は一度弊所にご相談ください。弊所はお客様のニーズにあわせ、様々な工事代金回収プランをご用意しております。
以下、詳細ページのご案内です。
- 取引上の問題①(JV)
- 取引上の問題②(開発事業)
- 取引上の問題③(工事原価と支払)
- 取引上の問題④(代金の取下げ)
- 取引上の問題⑤(物件の引渡し)
- 取引上の問題⑥(請負契約と下請契約)
- 取引上の問題⑦(契約書作成上の問題点)
- 取引上の問題⑧(工事代金の回収① 法的問題)
- 取引上の問題⑨(工事代金の回収② 仮差押え)
- 取引上の問題⑩(工事代金の回収③ 建築関係訴訟)
- 取引上の問題⑪(工事代金の回収④ 債権に対する強制執行)
- 取引上の問題⑫(少額訴訟と支払督促)
- 取引上の問題⑬(建築工事紛争審査会)
- 取引上の問題⑭(元請会社の破産)
- 取引上の問題⑮(建設業法遵守ガイドライン①)
- 取引上の問題⑯(建設業法遵守ガイドライン②)