債権回収方法としての相殺
1.債権回収と相殺
相殺とは、自分と相手が同じ種類の債権を持っている場合に相殺の意思表示をすることで、自分の債権と相手の債権を消滅させる法律行為です。
当然ながら、自分の持っている債権が相手の債権より少額の場合には、自分の持っている債権額の限度で消滅させることになります。また、相殺には相手の同意は不要なので、条件さえ揃えば自分の意思表示のみで行うことができます。
債権回収の観点で重要なポイントは、相手方が破産した場合にも相殺が使えるという点です。
普通であれば、債務者に対し破産手続開始決定がなされた後は、残っている債務者の財産(債権も含みます)は破産管財人に管理されることになります。
そして、その財産は換価され、担保を持たない債権者らに対して、債権額に応じて配当されます。
しかし、この場合も、債権者は相殺による債権回収を行うことができます(破産法67条1項)。つまり、債務者の自分に対する債権を消滅させるという形で、他の債権者に優先して債権を回収することができるのです。
債務者が破産してしまった場合、担保のない債権の全額回収は難しいのが現実ですが、この相殺の担保的機能を利用して損害を少なくすることが可能です。
以下で相殺の方法や注意点を説明していきます。
2.相殺の要件
先ほども述べたように、相殺は相手に対する意思表示によって行います。
口頭による意思表示でも有効ですが、後に裁判になってしまった場合に、口頭で言ったことを証明するのは困難です。そのため、相殺の意思表示は内容証明郵便など、意思表示を行ったことが証拠として残る形で行うことが必要です。
また、契約を締結する際に、契約の中に「相殺予約」の条項を入れておくことも可能です。これは、一定の条件が発生したり、期限が来たりした場合に、互いの債権を自動的に相殺する(もしくは、弁済期前であっても一方当事者の意思表示で相殺できることにする)という内容の条項です。相手方に対して相殺の意思表示をしなくても済むので、簡易な債権回収が可能となります。
相殺の意思表示以外に、相殺が有効になるためには、以下の各要件が揃っていることが必要です。
1.お互いに債権を有していること
これは先ほども述べたとおりです。
相殺に使用する自分の債権を自働債権、相手の債権(自分からみた債務)を受働債権と呼びます。
2.その債権が「同種」の債権であること
金銭債権同士であれば「同種」の債権と言えます。
例えば、売買代金請求権と貸金返還請求権は、別個の契約によるものですが、両方とも同じ金銭債権なので、同種の債権に当たります。
当事者が事業者同士の場合は、お互いに有する債権のほとんどは金銭債権に当たると考えられるため、多くの場合はこの要件は充たされます。
3.すでに債権の弁済期が来ていること
相殺が有効になるためには、自働債権の弁済期が到来していることが必要です。
なぜなら、相手は弁済期が来るまでは支払をしなくても良いという利益(これを「期限の利益」と呼びます。)を持っているので、これを相殺によって一方的に無くすわけにはいかないためです。
しかし、相手方の信用状態が危うくなった場合でも、自働債権の弁済期が来るまでは相殺できないとなると、相殺の担保的機能を活かしきれないことになります。
このような場合にもすぐ相殺できるようにするため、信用状態の悪化を理由とする期限の利益喪失条項をあらかじめ契約の中に盛り込んでおくという手があります。
この条項によって、信用状態が危うくなると「自働債権の弁済期が到来している」という要件が自動的に充たされることになります。
なお、受働債権については弁済期が来ていなくても構いません。「双方の債務が弁済期にあるとき」(民法505条1項)と定められているため、条文に反しているように思えますが、受働債権の期限の利益は相殺する側の利益なので、これを自分で放棄する分には構わないと解釈されています。
4.相殺禁止に当たらない
法律や契約によって、相殺が禁止されている場合もあります。代表的なのは以下の場合です。
ア.契約によって相殺を禁止している場合(505条2項)
契約によって、お互いに相殺することを禁止することもできます。
イ.悪意による不法行為によって生じた損害賠償債権を受働債権とする場合(民法509条)
債務者に怪我をさせたことにより、不法行為に基づく損害賠償債務を負ってしまうこともあるかもしれません。
この場合、相殺を認めた結果として、賠償金が支払われないと、債務者が医療費等の支払に窮するおそれがあることなどの理由で相殺が禁止されています。
ウ.法律によって差押えが禁じられた債権を受働債権とする場合
法律によって差押えが禁止された債権として、給料債権の一部や退職金の一部、生活保護費、国民年金や私的年金、扶養請求権などが挙げられます。
これらの債権を相殺によって消滅させてしまうと、債務者の生活が成り立たなくなってしまう可能性が高いため、債務者保護のためにこれらを受働債権とした相殺は禁止されています。
エ.差し押さえられた債権を受働債権とする場合
相殺可能としてしまうと、差押えの意味がなくなってしまうためです。
まとめ
相殺するためには、上記のア〜エに該当しないことが必要です。
以上で説明してきた要件、つまり、お互いに債権を有していること、同種の債権であること、弁済期が来ていること、そして相殺禁止にあたらないこと、という要件が揃って初めて、相殺が可能となります。この要件が全て揃った状態を、一言で「相殺適状」と表現します。
そして、相殺の効果は相殺適状が生じた時点に遡って生じるということが重要です(民法506条)。相殺適状が生じた1年後に相殺の意思表示をしたとしても、相殺の効果は1年前から生じていたことになるのです。
そのため、相殺された分の債権につき、この1年の間の遅延損害金は発生していないことになるといった効果が生じます。
【注意】
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