債権回収における詐害行為取消権とは
1.詐害行為取消権とは
詐害行為取消権とは、債務者が無資力(財産より債務が超過している)であるにも関わらず、財産を処分したときに、債権者がその処分を取り消すことができる権利です。
具体例を挙げて説明します。
Aが、Bに対し1000万円の借金をしていました。
Aは、唯一の資産として、評価額800万円の自宅不動産を所有しています。借金の支払が難しくなってきたので、自宅不動産が強制執行の対象となることを防ぐため、200万円で友人Cに自宅不動産を譲ってしまいました。
Bからしてみると、Aの唯一の資産である自宅不動産が失われたことにより、不動産に対する強制執行によって債権を回収することができなくなってしまいます。
そこで、このような場合に、Bに対し、AC間の不動産売買契約の取消権を認める必要があります。これが、詐害行為取消権です。
現行民法では、民法424条に規定されています。
詐害行為取消権の目的は、債務者の財産を保全して債権者を保護することです。通常は、債務者が支払を怠った場合、債権者は訴訟を提起し、金銭の支払を命じる判決を得た上で、債務者の財産に対し強制執行することができます。
しかし、強制執行の対象となる財産が失われてしまうと、判決を得ても、債権を回収することができなくなります。そこで、強制執行の対象となる財産を保全するために、詐害行為取消権が認められます。
なお、詐害行為取消権は必ず裁判によって行使する必要があります。内容証明郵便などで取消の通知を送っても法的な意味はありません。
2.詐害行為取消の要件
詐害行為取消権のを行使する場合、以下の5つの要件を満たす必要があります。
1.債権が詐害行為前に成立していたこと
2.債務者が無資力であること
3.その行為が財産権を目的としていたこと
4.債務者に詐害意思があったこと
5.受益者や転得者が、債権者を害することを知っていたこと
以下、各要件を解説します。
1.債権が詐害行為前に成立していたこと
詐害行為取消権は、債権者の「債務者の財産から債権を回収できるだろう」という期待を保護するために認められた権利です。
そのため、債権が詐害行為「前」に成立していたことが必要です。
詐害行為後に債権を取得した者は、その詐害行為によって失われた財産から債権回収できるとは考えないからです。
2.債務者が無資力であること
詐害行為取消権の目的は、債務者の財産を保全することにより、債権者による強制執行を可能にすることです。
もし、債務者に十分な資力があれば、他の資産から債権を回収できるため、保全の必要性がありません。
この債務者の無資力要件は、詐害行為時だけではなく、取消権の行使時にも必要となります。
一度無資力になって詐害行為が行われたとしても、その後資力を回復した場合には、詐害行為取消をしなくても、債権を回収することができるからです。
3.その行為が財産権を目的としていたこと
詐害行為取消権の対象は、財産権を目的とした行為のみです。
例えば、養子縁組、婚姻、離婚などは、詐害行為取消の対象にはなりません。
これは、財産と無関係な行為を取り消したとしても、債務者の財産の保全に繋がらないからです。
4.債務者に詐害意思があったこと
詐害意思とは、詐害行為によって債権者を害することを知っていたことを指します。
「財産が減って、返済ができなくなる」ということを知っていることで十分であり、「債権者に損害を与えてやる」という意図までは不要です。
5.受益者や転得者が、債権者を害することを知っていたこと
受益者とは、詐害行為の対象となる行為によって利益を受けた人のことで、冒頭に挙げた例では、Aから自宅不動産を譲り受けたCがこれにあたります。
転得者とは、詐害行為の対象となる行為を元として、何らかの利益を受けた人で、直接の相手方以外の人です。冒頭に挙げた例のCから不動産を購入した人が転得者となります。
詐害行為取消権が成立するためには、詐害行為の相手も、詐害行為によって債権者を害することを知っていたことが必要です。
詐害行為の相手方が、債権者を害することを知らずに財産を譲り受けた場合は、そのような相手方を保護する必要があるからです。
3.詐害行為にあたる行為とは
どのような行為が詐害行為取消の対象になるかについて説明いたします。
1.贈与
贈与は典型的な詐害行為取消の対象です。
2.債務の支払
特定の債権者に対してのみ、債務の支払をすることも、詐害行為とみなされます。
債務を支払った場合、支払に充てた財産はなくなりますが、反対に、債務はなくなるのですから、債務者の全体の資産状況を見るとプラスマイナスでゼロになっているようにも思えます。
しかし、他の債権者にとっては、強制執行の対象にしようとしていた財産がなくなった、という状況が発生しています。そのため、詐害行為になる可能性があります。
3.遺産分割
遺産分割は、相続人同士が話し合って遺産の分け方を決めることです。
最高裁判所は、遺産分割の性質について「相続財産が誰に帰属すべきか確定させるものだから、性質上、財産権を目的とする法律行為と言える」と判断しています(最高裁平成11年6月11日判決)。
したがって、債務者が遺産分割協議の際、他の相続人と結託して、債務者の相続分を0とする内容の遺産分割を行った場合、債権者は詐害行為取消権を行使できる可能性があります。
4.債務免除
債務者自身が、他の人に対し、何らかの債権を持っていることがあります。例えば、債務者が事業をしていて、売掛金を持っていることなどもあります。
このような場合に、債務者が債務免除(売掛金の請求をしないなど)をすると、詐害行為となるため取り消しの対象となります。
債権者は債務者が持っている債権を差し押さえることにより、取り立てを行うことができることから、これを保全する必要があるからです。
5.相当価格での売却
詐害行為取消権では、よく「相当価格での売却」が問題となります。
相当価格での売却というのは、正当な価格で物を売却することです。
例えば、1000万円の価値がある不動産を1000万円で売却します。
この場合、不動産はなくなりますが、代金として1000万円が入ってくるわけですから、債務者の財産は減少しません。
債権者にとって、被害がないとも思えます。
しかし、このような相当価格での売却であっても、詐害行為が成立すると考えられています。
その理由は、不動産を現金に換えると、財産隠しが容易になり、債務者の財産の保全が難しくなるからです。
【注意】
弊所では、債権回収業務について、事業性資金(事業により発生した債権(例:工事代金、売買代金、診療報酬などの売掛金や賃料・リース料など))の回収業務のみをお受けしております。個人間・親族間の貸付け等(親子間の貸付けや、個人的な貸付け)の債権回収は受け付けておりません。予めご了承ください。