残業代の消滅時効
労働基準法は、賃金その他の請求権については、労働者が2年間権利を行使しない場合は、時効により消滅すると定めています(労働基準法115条)。
過去の未払い残業代請求権についても、賃金請求権の一種であることから、原則として2年間の消滅時効にかかります。
したがって、使用者は、労働者が未払賃金を請求できるようになった時から2年以上経過した後に請求を受けたような場合、消滅時効を援用することで、請求権を消滅させることができます。
もっとも、消滅時効については時効の中断という制度があり、時効の中断が認められた場合は、消滅時効の進行が止まる場合もあります。
以下では、未払い残業代と消滅時効に関する問題について解説します。
1.消滅時効の期間の例外
未払い残業代請求権は2年間の消滅時効にかかるのが原則ですが、裁判例の中には、他の法律構成を取ることにより、例外的に2年間以上の未払い残業代の請求が認められたものもあります。
具体的には、不法行為の構成を採用して、不法行為の時効期間である3年間の未払い残業代の請求を認めた判例があります(杉本商事事件・広島高高等裁判所平成19年9月4日判決)。
この事案は、会社が長年にわたり「自己啓発や個人都合である」という解釈に基づき、意図的に一部残業代を支払わないという状態が常態化していたこと、原告が34年間同じ会社に勤務している間、会社が労働時間を把握することを怠っていたという事例です。
このような特殊な事情があり、悪質であると判断された場合、一種の制裁として不法行為の成立が認められ、消滅時効の期間が3年となる可能性もあります。
2.時効の中断
時効の中断は、時効の完成を阻止する効果のある制度です。
中断となる事実が生じると、その時までに進行してきた時効の進行が中断し、中断事由がなくなれば、再びその時点から時効が進行を開始します。
つまり、中断によって、時効期間が一度途切れ、その後の時効の進行はゼロからスタートすることになります。
時効の中断事由は、民法147条に規定されています(1号・請求、2号・差押え、仮差押えまたは仮処分、3号・承認)。
未払い残業代請求においては、147条1号の請求、同3号の承認の有無が争われることが多いといえます。
(1) 「請求」
民法147条1号の「請求」とは、権利者が、時効によって利益を得る者に対して、その権利内容を主張する裁判上および裁判外の行為を総称したものです。
代表的なものとしては、裁判上の請求(民法149条)、催告(民法153条)が挙げられます。
① 裁判上の請求(民法149条)
裁判上の請求とは、裁判所に訴えを提起することです。
「未払い残業代を支払え」という給付を求める訴訟を起こすことにより消滅時効が中断します。
訴状を裁判所に提出したときに中断の効力が生じます。
② 催告(民法153条)
催告とは、債務者に対して履行を請求する債権者の意思の通知を指します。
催告は、それ自体としては時効の完成を6ヵ月猶予する効果を有するにとどまります。時効を「中断」させるには、催告から6ヵ月以内に裁判上の請求等をする必要があります。
したがって、従業員が会社に対して、「残業代を支払ってほしい」と書面や口頭で求めただけでは、催告の効果が生じるにとどまり、時効そのものは中断しません。
実務上の問題として、従業員側が、具体的な金額や根拠を示さず「未払い残業代を請求する」とのみ記載して内容証明郵便を会社に送る場合があります。
このような請求内容が民法153条の「催告」となるのかが問題になります。
結論として、このような金額や根拠を示さない請求であっても、請求者を明示し、債権の種類と支払期を特定して請求すれば「催告」として認められると解されています(日本セキュリティシステム事件・長野地方裁判所平成11年7月14日判決)。
⑵「承認」について
時効中断事由の「承認」とは、時効の利益を受ける当事者が、時効によって権利を失う者に対して、その権利の存在することを知っている旨を表示することです。
未払い残業代の一部支払いなどがこれに当たります。
実務上の問題として、会社側が意図しなくとも、会社側の対応が消滅時効中断事由にいう「承認」に当たる場合があります。
従業員側と会社が交渉した際に、会社が「時間外労働の存在は認めるが未払い残業代はない」との回答をした場合は、未払い残業代の存在を否定していることから、時効中断事由たる「承認」には当たらないと解釈されます(オンテック・サカイ創建事件、名古屋地方裁判所平成17年8月5日判決)。
他方、会社が未払い残業代について解決金を提示したり、未払い残業代について減額交渉を行ったりした場合は、未払い残業代の存在を認めていることになるため、時効中断事由たる「承認」に当たる可能性があります。
従業員側との交渉においては、消滅時効との関係で、未払い残業代の存在を認めるか否か慎重に見極めて対応する必要があります。
3.時効の援用
時効の効果を生じさせるためには、当事者による援用が必要です(民法145条)。
実務では、時効を援用する場合、時効を援用する旨を記載した通知書を送付することになります。
4.信義則による時効援用の制限
時効が完成した後に、債務の存在を認める行為があった場合、信義則上、時効を援用することが制限されます(最高裁判所昭和41年4月20日判決)。
そのため、請求の中に時効にかかる部分があることに気づかないまま未払い残業代の減額交渉などを始めると、後々消滅時効が援用できなくなってしまいます。
未払い残業代の請求を受けた場合は、具体的な交渉に入る前に請求文書の内容を確認し、2年以上前のものが含まれていた場合は速やかに消滅時効を援用する必要があります。
5.権利の濫用
会社が再三の要請にもかかわらずタイムカードの提出を拒否するなど、資料提出などについて誠実に対応しなかった結果、裁判を提起する時期が遅れてしまったような場合は、消滅時効の援用は権利の濫用であるとして認められない場合があります(日本セキュリティシステム事件・長野地方裁判所佐久支部平成11年7月14日判決)。
【注意】
弊所では、残業代請求を含む労働トラブルについて、会社経営者様からのご相談(会社側のご相談)のみをお受けしております。 利益相反の観点から、従業員・労働者側からのご相談はお受けしておりませんので、予めご了承ください。
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