不動産業者による明渡し
建物明渡交渉を不動産の仲介業者などに依頼する、という例もあるようです。
もっとも、弁護士に依頼する場合と比べた場合、以下のような相違点があります。
1.仲介業者の利益相反的立場
賃貸借契約の締結の際に仲介を行った不動産業者にとっては、賃借人もまた「お客様」ということになります。
賃貸借契約の際、仲介業者は賃貸人と賃借人双方を仲介することが多いためです。
このように、仲介業者は、一方又は双方から報酬をもらい、中立的な立場で契約締結のための橋渡し役を担ってきた存在です。
しかし、そのような形で賃貸借契約を成立させた不動産仲介業者が、建物明渡交渉の場面になった時に賃貸人側について交渉を行うとすれば、仲介手数料を支払った賃借人の理解や納得を得られず、反発を招く可能性があります。
このように、不動産の賃貸借契約を締結した仲介業者が、利益が相反する賃貸人と賃借人の間で明渡交渉を行うことは、かえって事態を複雑化させる要因となり得ます。
また、後述する弁護士法72条との関係で、不動産業者は明渡交渉の対価として報酬を得ることができません。
そのため、不動産業者は、交渉によって当該物件の明渡しを実現し、その物件を新たに賃貸あるいは売買できるような状態にしなければ、「タダ働き」をすることになってしまいます。
そうした事情から、仲介業者によっては、賃借人に対して強引に立退きを迫るといった強硬な手段に出る可能性も否定できません(実際に、業者による違法行為が相次いで問題となった時期があります)。
このような場合、明渡しをめぐって賃借人とトラブルになり、かえって事態を悪化させるおそれがあります。
2.弁護士法72条との関係
弁護士法72条は、弁護士でない者が、報酬を得る目的で、訴訟事件その他の法律事務を行うことを禁じています。
よって、不動産業者が明渡し交渉を行うことは、弁護士法72条に違反する可能性があります。その結果、仮に明渡しの合意に至っても、後で争いになった場合に、その合意が無効であると評価されるリスクがあります。
この点については、不動産業者が賃貸人からビルの解体に伴う立ち退き交渉を引き受けて報酬を受領し、賃借人との間で明渡しの合意をした事案において、裁判所は不動産業者の行為は弁護士法72条に違反すると判断しています(最高裁判所平成22年7月20日判決)。
不動産業者も、こうした問題があることは多かれ少なかれ把握しているため、賃借人と賃貸人の意見の対立が顕著になると手を引いてしまうことが多いのが実情です。
このように、ある程度交渉が進んだ段階で「はしごを外される」ような形で離脱されてしまうことは、賃貸人にとってかえって不利な状況になります。
実際に、不動産業者が提示した条件が事実上の交渉の前提となってしまい、その後に弁護士が代理人となったとしても、その後に賃貸人に有利な条件で交渉を進めることが難しい場合が少なくありません。
したがって、明渡交渉が必要な事案で不動産業者を介入させることは賃貸人にとってリスクが大きいといえます。
3.紛争解決に関する経験の不足
不動産業者は、近隣の賃料相場に精通している、転居先の候補をあっせんできるなどの強みを持っているのは確かです。
他方で、あくまで弁護士資格を持たない一事業者であるため、建物明渡訴訟を代理した経験はありません。
弁護士が交渉に臨む場合、訴訟になればどのような判決が考えられるか、訴訟上の和解の可能性はどれくらいあるか、それまでにどれだけの時間と費用がかかるかということについて、一定の見立てをすることができます。
そのうえで、訴訟になった場合のメリット・デメリットを考え、交渉段階の方針を立てるのが通常です。
このような見立てがないまま漫然と交渉を開始した場合、単に双方の意見を聞くだけで交渉を決裂させてしまったり、双方の提示金額を足して2で割るような、安易な解決を提案したりする結果となってしまう場合が少なからずあります。
以上のような観点からすれば、不動産業者を明渡交渉にあたらせることは、賃貸人にとってはリスクの高い選択であるといえます。
よって、この種の事案では、最初から弁護士に交渉を依頼することをお勧めします。
【注意】
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