1.介護事故に対する事業者の責任
介護事故が発生した場合、事業者には、行政上の責任、刑事上の責任、民事上の責任の3種類の責任が生じる可能性があります。
以下、それぞれについてご説明いたします。
2.行政上の責任
行政上の責任とは、行政から許認可等を受けている事業者に対して科される行政処分を指します。許認可の取消し、業務改善命令、業務停止などの行政処分が挙げられます。
介護事故の原因が、法令の定める基準を満たしていなかったことにあると認められた場合は、地方公共団体からの指定の取消しや指定の効力停止などの措置がとられることがあります(介護保険法77条1項参照)。
なお、事業者の役職員個人に対して行政上の責任が科されることはありません。
行政上の責任(行政処分)に対して不服がある場合は、行政不服審査法に基づく審査申立てや行政訴訟法上の取消訴訟などを一定期間内に行う必要があります。
3.刑事上の責任
刑事上の責任とは、行為者が刑罰として負わなければならない責任です。 施設の職員の介護ミスにより利用者が負傷・死亡した場合、当該職員には業務上過失致死傷罪(刑法211条)が成立します。同罪により有罪となると、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金という刑に処せられます。
業務上過失致死傷罪には、法人自体を処罰する規定がありません。したがって、法人に対して同罪は成立しません。
しかし、法人の代表取締役や施設長などには業務上過失致死傷罪が成立することがありえます。
例えば、代表取締役や施設長が、職員に過酷な勤務体制を強いており、それが利用者の負傷・死亡の結果につながっている場合など、代表取締役や施設の長の過失と結果との間に因果関係が認められるのであれば、代表取締役や施設の長にも業務上過失致死傷罪が成立することはあり得ます。
なお、火事の事例ですが、施設が火事になった場合に、施設の長に業務上過失致死傷罪の成立を認めた裁判例(前橋地方裁判所平成25年1月18日判決)があります。
4.民事上の責任(1)債務不履行責任
民事上の責任には、債務不履行責任(民法415条)と不法行為責任(同法709条以下)があります。これらの責任が成立すると、事業者は、利用者に対して、損害賠償義務を負います。
本項では債務不履行責任についてご説明し、次項では、不法行為責任についてご説明いたします。
安全配慮義務
介護事故で最も問題となる事業者の義務は、安全配慮義務といわれるものです。
介護サービスを提供する事業者は、契約に従い、利用者に対して介護サービスを提供する義務を負います。しかしながら、ただサービスを提供すればよいわけではありません。利用者の生命・身体・財産といった権利、利益を侵害することなく安全にサービスを提供することが求められています。
このような義務を安全配慮義務といい、判例上も、最高裁判所昭和50年2月25日判決で認められました。
履行補助者の故意・過失
事業者と利用者との間には、施設利用契約ないしは介護サービス提供契約が存在します。介護事故が発生した場合、債務者である事業者に故意又は過失による契約違反があれば、債務不履行責任が生じます。
もっとも、施設利用者と直接の契約関係にあるのは、事業者です。個々の施設職員と施設利用者との間には、個別の契約関係が存在するわけではありません。しかしながら、施設の職員、施設長などは、事業者の「履行補助者」と評価され、履行補助者の故意・過失は、事業者の故意・過失と同視されます。
過失の立証責任
不法行為の場合、事業者に過失があることの主張立証責任は利用者にあります。これに対し、債務不履行の場合には、事業者が故意又は過失がなかったことを立証する必要があります。
もっとも、利用者は事業者の過失の内容、注意義務違反の内容を特定する必要はあります。
民事上の責任(2)一般不法行為責任
不法行為責任とは
契約関係にない者同士の間において、加害者が被害者に対して損害を与えたとき、不法行為(民法709条)の成立要件を満たす場合には、損害賠償義務が発生します。なお、当事者間に契約関係がある場合でも、不法行為の成立要件を満たすのであれば、不法行為は成立します。
不法行為の成立要件
ア.責任能力
加害者に責任能力が必要です(民法712条、713条)。認知症の利用者が加害行為を行った場合、事業者の責任が問題になり得ます(「介護事故8(利用者への暴力)」のページをご参照ください)。
イ.故意・過失
故意とは、簡単に言うと「わざと」という意味であり、過失とは、「求められていた注意義務に違反すること」を言います。
ウ.権利又は利益侵害
権利又は法律上保護される利益を侵害することが必要です。
エ.損害の発生
損害とは、一般的には、事故前と事故後の財産状況の差額と言われています。
オ.因果関係
加害行為と損害の発生との間に因果関係がなければ不法行為は成立しません。
民事上の責任(3)特殊不法行為責任
不法行為の特則
不法行為の特則として民法上規定されているものは、責任無能力者の監督義務者の責任(民法714条)、使用者責任(同法715条)、工作物責任(同法717条)です。
責任無能力者の監督義務者の責任については、「介護事故8(利用者への暴力)」のページで詳しくご説明いたしますので、本項では使用者責任と工作物責任についてご説明いたします。
使用者責任
使用者責任とは、事業のため他人(被用者)を使用している者(使用者)が、被用者が事業の執行として行った加害行為について、被用者とともに負う責任のことです。
使用者責任においては、行為者に不法行為が成立することを前提に、使用者が「被用者の選任・監督を怠らなかったこと」を明らかにできなければ責任を免れることはできません。
介護事故においては、被害者に対する賠償能力の関係上、事業者の使用者責任が問われることが多いと思われます。
工作物責任
高齢者福祉サービス施設で、施設の設置・構造の瑕疵が原因で事故が発生した場合、工作物責任の成否が問題となります。
「瑕疵」とは、その物が通常備えているべき安全性を欠いていることをいいます。
工作物責任は、占有者が第一次的には責任を負いますが、「損害の発生を防止するのに必要な注意をしたとき」は、二次的に、所有者が責任を負います。
所有者の責任は無過失責任であり、工作物に瑕疵がある場合には責任を免れることはできません。