高齢者施設の人事労務2(虐待と懲戒処分)
1.高齢者虐待と解雇
高齢者福祉サービス施設の職員が利用者に対して高齢者虐待を行ったことが判明した場合、その職員を解雇することは可能でしょうか。
また、高齢者虐待とはいかないまでも、利用者に対する言葉遣いや態度が悪く、苦情が出ているような職員の場合はどうでしょうか。
解雇には、大きく分けて普通解雇、懲戒解雇、整理解雇の3種類がありますが、上記のような場合に職員を解雇するときは、懲戒解雇又は普通解雇を検討することとなります(整理解雇については「高齢者施設の人事労務1(総論)」のページをご参照ください)。
では、でのような場合であれば、懲戒解雇や普通解雇が可能となるのでしょうか。懲戒解雇と普通解雇の要件、効果の差及び上記の職員の解雇の可否について、以下ご説明いたします。
2.普通解雇
普通解雇とは、従業員の能力不足や健康上の理由など、使用者側が労働契約の継続が困難と判断した場合に一方的に労働契約を解約することをいいます。
民法上は、期間の定めのない雇用契約の場合、使用者は、いつでも2週間の予告期間をおいて、従業員を解雇することができます(民法627条1項)。しかし、それでは労働者の地位が不安定になってしまうため、労働契約法が自由な解雇に制限をかけています。
すなわち、解雇に客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない場合には、当該普通解雇は無効となります(労働契約法16条、解雇権濫用法理)。
合理的な理由には、
- 従業員の労務提供の不能や労働能力又は適格性の欠如・喪失
- 従業員の規律違反行為
- 経営上の必要性等
また社会通念上相当の有無は、労働者の情状や処分歴、他の労働者の処分との均衡が図られているか、解雇事由の存在を前提としても解雇するのは酷すぎないか等の事情をケースごとに総合的に判断されます(最高裁判所昭和52年1月31日判決など)。
検討が不十分なまま普通解雇をした結果、訴訟で解雇無効と判断されるリスクは決して低くありません。解雇を行う前に企業側の労働問題に特化した当事務所に是非ご相談ください。
3.懲戒解雇
1.懲戒解雇とは、従業員の重大な企業秩序違反行為に対する懲戒処分として行われる解雇をいいます。
懲戒処分には、懲戒解雇のほかに、軽い順に、戒告、けん責、減給、出勤停止、諭旨解雇などがありますが、懲戒解雇は一番重い懲戒処分となります。
懲戒解雇は、懲戒処分の性格と解雇の性格の双方を有しており、両者に関する法規制を受けます。まず、懲戒解雇を行う場合、就業規則に懲戒事由及び懲戒処分の種類をあらかじめ明確に規定しておく必要があります。
しかし、形式的に懲戒事由に該当するとしても、有効に懲戒処分を行うには、当該懲戒処分に、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが必要です(労働契約法15条、懲戒権濫用の法理)。
社会通念上相当か否かの判断要素には、企業秩序と平等性、そして手続保証などがあります。
さらに、懲戒解雇は、次項でご説明するように、普通解雇よりも大きな不利益を従業員に与えるので、解雇権濫用法理の適用においても普通解雇より厳しい規制に服し、一般的には、単に普通解雇を正当化するだけの程度では足りず、制裁としての労働関係からの排除を正当化するほどの程度に達していることが必要と解されています。
懲戒解雇は、普通解雇以上に解雇した従業員から解雇無効を主張される可能性が高くなります。普通解雇の場合以上に、企業側の労働問題に特化した当事務所に是非ご相談ください。
4.普通解雇と懲戒解雇の違い
普通解雇と懲戒解雇には前述したような違いがありますが、その効果についても次の2つの点において異なる部分があります。
退職金の支給に関する違い
普通解雇の場合にはその解雇される従業員が非違行為を行っているわけではなく、会社側の都合で解雇するわけですから、会社はその労働者が自主的に退職する場合と同様に退職金を支払わなければなりません(その会社に退職金の支給規定が存在していることは必要です)。
しかし、「懲戒解雇」の場合には解雇の対象となる従業員に非違行為があったことを理由として解雇するわけですから、退職金を支払わないことも認められます(ただし、就業規則などで懲戒解雇の場合は退職金を支払わない旨を定めておく必要があります)。
解雇予告手当の支給に関する違い
普通解雇の場合には解雇する従業員に対して少なくとも30日前にその解雇の予告をしなければならず、仮にその解雇予告をしない場合には30日分の平均賃金を「解雇予告手当」として支給するか、解雇予告期間を短縮した日数に応じてその日数分の平均賃金を支払わなければなりません。
一方、懲戒解雇の場合は労働基準法20条1項ただし書きの「労働者の責めに帰すべき事由に基づいて解雇する場合」に該当するため、解雇予告手当を支払う必要はありません。
解雇の可否
虐待があった場合
職員が、高齢者に対する虐待をしたとしても、すぐに懲戒解雇又は普通解雇ができるとは限りません。虐待の具体的内容、虐待の原因などにより結論が変わります。
そこで、どのような態様の虐待行為があったのか、どれほどの期間続いたのか、過去にも同様の行為で処分されたことはあるのかなど、具体的な状況を把握して、弁護士などと相談の上、当該従業員の処分を決定する必要があります。
具体的な状況の把握にあっては、録画など客観的証拠があればよいですが、無い場合には、関係者や本人への事情聴取を行い、関係者の説明を記録化する、本人から弁明書を受領するなど、証拠を残しておくようにすることが必要です。
利用者に対する態度が悪い場合
高齢者に対する言葉遣いや態度が悪いという段階では、いきなり解雇することは困難です。
まずは当該職員に注意して、研修を受けさせ、かかる態度が高齢者の尊厳をそこない、生活の平穏を乱しかねない行為であることを自覚させる必要があります。それでも態度が改まらない場合には戒告、けん責など懲戒処分を積み重ね、当該職員に、問題の重大性を認識させる必要があります。
しかし、それでも従業員の態度が改まらない場合には、退職勧奨や、弁護士などの専門家と相談の上、普通解雇又は懲戒解雇ができるか検討することになります。