1.発注者による料金未払
建設業において、発注者との間でよく起きるトラブルに、「工事代金の未払い」があります。長い時間と人件費をかけて工事を完成させたのに、発注者が料金を支払ってくれなければ、資金繰りに影響がでて材料費や人件費の支払いが困難になる、下請会社への支払ができなくなり、下請会社との信頼関係が崩れ、今後の取引を打ち切られる等、金銭的なトラブルだけでは済まない可能性もあります。
もちろん、発注者の言い分にも理由がある場合もあります。しかし、発注者の経済状況が悪化しており、支払いを遅延・拒否するために理不尽なクレームをつけて代金の支払いを拒否している可能性もあります。
このページでは、発注者が工事代金を支払ってくれない場合に取りうる手段についてご説明させていただきます。
2.報酬はいつから請求できるのか
請負人が報酬を請求できる時期について、民法633条は「報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。ただし、物の引渡しを要しないときは、第624条第1項の規定を準用する」と規定しています。つまり、仕事の目的物の引渡しを要する請負においては目的物の引渡しと同時に、目的物の引渡しを要しない請負においては仕事完成時に、報酬を請求できるようになります。
そして、目的物を引き渡す前提として、目的物が完成していなければならないので、「仕事の完成」は報酬の支払を請求するための要件となります。
ここにいう「仕事の完成」とは、客観的に見て、工事の最終工程を終えたと見られる程度に仕事が行われていれば足りると解されています。したがって、わずかに手直しを要する部分を残していたとしても、「仕事の完成」が認められないというものではありません(詳細は「取引上の問題⑤物の引渡し」をお読みください)。
なお、実際の契約では、出来高払いや3回払いなど、当事者間で代金支払いについての特約を設けるケースが圧倒的に多いです(詳細は「取引上の問題④代金の取下げ」をお読みください)。
まとめると、当事者間に特約がある場合には特約が優先し、特に取り決めがない場合には目的物の引渡し(目的物の引渡しを要しない場合には仕事の完成)の時点で、発注者に報酬を請求できることになります。
3.建築目的物に問題があった場合
先述のとおり、わずかに手直しを要する部分を残していたとしても、「仕事の完成」が認められないというわけではありません。最終工程を終え、目的物が引き渡されば、報酬の請求は可能と考えられています。
しかし、引渡し後、目的物に契約内容に適合しない部分があった場合、注文者は請負人に対して、契約不適合責任(改正前は瑕疵担保責任と呼ばれていました)を追及することができます(民法636条)。
民法636条は、「請負人が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない仕事の目的物を注文者に引き渡したとき(その引渡しを要しない場合にあっては、仕事が終了した時に仕事の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないとき)は、注文者は、注文者の供した材料の性質又は注文者の与えた指図によって生じた不適合を理由として、履行の追完の請求、報酬の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、請負人がその材料又は指図が不適当であることを知りながら告げなかったときは、この限りでない。」と定めています。
そして、契約内容に適合しない目的物を引き渡した場合、注文者は、追完請求権(目的物の修補等)、代金減額請求権(563条)、債務不履行を理由とする損害賠償請求権・解除権(564条)を請求できます。
ここで請負人として問題なのは、注文者が、債務不履行を理由とする損害賠償請求とともに、同時履行の抗弁権を主張してくることです(簡単に言えば、建築物の不備があった部分の修理代金を払わなければ、報酬を支払わない、という主張です)。
民法533条の改正により、発注者は、請負人がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまで、自己の債務の履行を拒めることが明文化されました。つまり、「建築物の不備があった部分の修理代金を払わなければ、報酬を支払わない」という注文者の主張は、法律的には成り立ってしまうのです。
4.まとめ
このように、工事内容に契約不適合な部分がある場合、発注者の言い分も法的に成立するため、交渉が難航することが多いです。民法改正前の判例では、「瑕疵の程度や各契約当事者の交渉態度等に鑑み、右瑕疵の修補に代わる損害賠償債権をもって報酬残債権全額の支払を拒むことが信義則に反すると認められるときは、この限りではない」として、必ずしも発注者の言い分が認められるわけではないと判示しています(最高裁平成9年2月14日判決)。
しかし、これはあくまで例外的な場合ですし、民法改正後にもこの判例が妥当するかはわかりません。
もっとも、交渉がうまくいかなかったからといって、工事代金の回収手段がなくなったわけではありません。次のページでは、裁判による工事代金の回収についてご説明させていただきます。
以下、詳細ページのご案内です。
- 取引上の問題①(JV)
- 取引上の問題②(開発事業)
- 取引上の問題③(工事原価と支払)
- 取引上の問題④(代金の取下げ)
- 取引上の問題⑤(物件の引渡し)
- 取引上の問題⑥(請負契約と下請契約)
- 取引上の問題⑦(契約書作成上の問題点)
- 取引上の問題⑧(工事代金の回収① 法的問題)
- 取引上の問題⑨(工事代金の回収② 仮差押え)
- 取引上の問題⑩(工事代金の回収③ 建築関係訴訟)
- 取引上の問題⑪(工事代金の回収④ 債権に対する強制執行)
- 取引上の問題⑫(少額訴訟と支払督促)
- 取引上の問題⑬(建築工事紛争審査会)
- 取引上の問題⑭(元請会社の破産)
- 取引上の問題⑮(建設業法遵守ガイドライン①)
- 取引上の問題⑯(建設業法遵守ガイドライン②)