ホテル・旅館(宿泊施設)の債権回収
1.ご相談例
(相談内容)
10か月ほど前に、一泊一人5万円の部屋に、2名で2泊されたお客様がいらっしゃいました。
3日目のチェックアウトの際に、宿泊料として、20万円を請求したところ、手持ちが10万円しかないと言い出しました。
クレジットカードやキャッシュカードも持っていないというので、仕方なく10万円だけ受け取り、帰宅後に銀行振込によって残金10万円を支払ってもらうことにしました。
しかし、1週間経っても入金がなかったことから、催促のため電話をかけたところ、2,3回は相手が出て、すぐに支払う、と言っていましたが、以後は電話に出なくなりました。
そこで、請求書を郵送したのですが、入金も返信もありません。
このお客様から残りの10万円を回収したいのですが、その他、今後宿泊料の回収を容易にする方法があれば教えてください。
2.宿泊料の特殊性とその対応方法
(回答)
まず、宿泊日が10か月前ということから、消滅時効に対する対策をとる必要があります。
宿泊料は消滅時効にかかる期間が一般の債権よりも短い1年間と定められている(民法174条4号)ため、本件ではあと2か月で時効となってしまいます。
そこで、まず第一に、配達証明付きの内容証明郵便で請求を行う必要があります。
時効を中断させるには、①裁判上の請求、②差押え、仮差押えまたは仮処分、③債務者の承認のいずれかが必要です(民法147条)が、裁判外の請求であっても、催告(民法153条)にあたるので、時効までの期間が催告から6か月延長されます。
しかし、この催告を普通郵便で行った場合、相手方が受け取ったことを証明することができないため、相手方に時効の援用を許してしまうおそれがあります。
そこで、相手方が郵便を受け取ったこと、及び、その郵便の内容が未払の宿泊料を請求するものであったことの両方を証明できる手段として、配達証明付き内容証明郵便を使う必要があります。
なお、弁護士に債権回収を依頼し、弁護士名義で作成された請求書を送ることによって、相手方が観念して、支払に応じる可能性もあります。
しかし、通常は相手方から連絡をしてくることは少ないので、こちらからから任意の支払を求める交渉を持ち掛けます。この交渉を弁護士に依頼すれば、本業である旅館の経営に悪影響を及ぼすことはありません。
弁護士が代理人となって交渉を行っても相手方が支払う意思を見せない場合、法的手続をとることになります。具体的には、簡易裁判所に民事訴訟を提起します。
なお、①手数料が訴訟の半額であり、②発令が早い、というメリットから、支払督促を申したてることも考えられます。
しかし、訴訟の場合は貴社の所在地を管轄としている裁判所で手続を進めることができますが、支払督促の場合は相手方の住所を管轄としている裁判所に申し立てる必要があります。
そうすると、相手方が支払督促に対して異議を申し立てた場合、その裁判所で訴訟を進める必要があるため、出廷のための時間と費用がかかる可能性があります。そこで、当初から民事訴訟を選択した方がコストを抑えられることが多いのです。
訴訟提起後に相手方から和解の提案があれば、訴訟上の和解での解決が有効ですが、相手方が出頭しない場合などは、判決を得た上で強制執行を検討することになります。
しかし、今回の債権額である10万円という金額と、相手方の財産を把握できていない状況を考えると、強制執行をすべきか否かは弁護士とよく相談することが必要となります。
3.先取特権
なお、民法311条、317条によれば、債権者は、「旅館の宿泊」(311条2号)によって生じた宿泊客が負担すべき宿泊料及び飲食料に関し、その旅館に在るその宿泊客の手荷物について先取特権を有する、とあります。
ただし、この先取特権は、手荷物を競売し、その代金から優先して支払を受けられるという意味であって、手荷物を取り上げることができる権利ではありません。
しかし、手荷物を競売にかけ、そこから宿泊料を回収するというのはあまり現実的ではありません。
よって、現実的には、価値がある手荷物を質物として預かり、宿泊料の支払と引き換えに返還するという方法をとるべきです。
その際には契約書の取り交わしを行う必要がありますので、その内容については事前に弁護士に相談の上、案文を用意しておくことをおすすめします。
【注意】
弊所では、債権回収業務について、事業性資金(事業により発生した債権(例:工事代金、売買代金、診療報酬などの売掛金や賃料・リース料など))の回収業務のみをお受けしております。個人間・親族間の貸付け等(親子間の貸付けや、個人的な貸付け)の債権回収は受け付けておりません。予めご了承ください。