無断での鍵の交換
鍵の交換等により、家賃滞納者を無理やり部屋から閉め出すことはできますか?というご質問を頂くことがあります。
これに対しては、できませんという回答となります。
家賃滞納がある場合でも、法律上の手続きによらずに賃借人に無断で鍵の交換をすることは違法です。
このような行為をした場合、法的責任を追及されるおそれがあります。
家賃の滞納等を理由とする賃貸人や管理会社による強引な追い出し行為は、一時期社会問題になりました。
現在でも、賃貸人から依頼を受けて、賃借人を実力で退去させようとする、いわゆる「追い出し屋」のような違法業者がいると言われています(賃貸人が実態を知らずに依頼してしまう場合もあると思われます)。
賃貸人の立場からすれば「家賃を支払わない賃借人を退去させるのは当然」ということになるでしょう。
そうだとしても、法律で認められた手続きによらずに実力で賃借人を退去することは許容されていません。
上記のような鍵の交換等により賃借人を締め出してしまった場合、賃借人から損害賠償を請求され、賃貸人側が法的責任を負う可能性があります。
1.自力救済の禁止の原則
法治国家においては「自力救済(自力執行)」というものが禁止されております。
自力救済の禁止とは、何事も法律の手続を経なければ、強制的に物事を解決してはあらないという原則です。
この自力救済禁止の原則は、半年間賃料を滞納しているといった、訴訟を提起すれば明らかに契約解除が認められるようにケースでも維持されます。
権利があることが明らかであっても、その行使の方法は法律で認められたものに限られるためです。
この原則は、権利者に「回り道」をさせるという点で、一見不合理であるようにも思えます。
しかしながら、自力救済を認めてしまうと、誰もが実力で自分の権利を実現しようとすることが予想されます。
結果として、裁判所などの司法機関の役割が形骸化し、法の支配による「秩序のある世の中」が保てなくなってしまいます。
自力救済の禁止の原則は、法的な秩序を維持するためにはやむを得ない制度といえるでしょう。
よって、家賃の滞納がある場合では、賃借人との契約を解除した上で、建物明け渡しに関する訴訟を提起し、勝訴判決を得る必要があります。
その上で、建物明け渡しの強制執行の申し立てをし、執行官の立会いのもと建物の明け渡しを実現しなければなりません。
賃貸人としては、そのために相応の費用の負担を被りますが、現在の法制度の下ではやむを得ないと言わざるを得ません。
2.裁判例
鍵の交換が問題になった裁判例として、大阪簡易裁判所平成21年5月22日判決があります。
この事例は、賃借人が1か月分の家賃等の支払いが遅れたところ、その月末に賃貸人により無断で鍵を交換され、その後2回にわたり、合計34日間、自宅を追い出されたという事案です。
裁判所は、賃貸人のこうした対応は、通常の許される権利行使の範囲を著しく超えるものであり、借家人の平穏に生活する権利を侵害するもの、建物の不法侵奪に該当するとして不法行為の成立を認めています(ただし、法律構成としては、自力救済の禁止の問題ではなく、賃貸人の権利行使方法が相当であるかを問題とし、権利行使方法の相当性を逸脱することから違法という法律構成を取りました)。
その上で、借家人側の損害として、当該借家が使用できなくなったことによる家賃相当額の損失や簡易宿泊所での寝泊まり費用、慰謝料等の合計65万円の損害賠償を認め、賃貸人に対して支払いを命じています。
3.その他の問題
賃貸人が無断で鍵を交換した場合、民事上の責任を問われるだけでなく、刑事責任を追及される可能性もあります。
賃貸人が賃借人に無断で合鍵を利用して部屋に立ち入り、鍵を交換するといった行為を行った場合、住居侵入罪刑法(刑法130条)や不動産侵奪罪(刑法235条の2)が成立する可能性があります。
住居侵入罪とは、正当な理由なく他人の住居に立ち入った場合に成立します。
賃貸人の所有する物件であっても、現に賃借人が居住している場合には、他人の住居として扱われます。
また、家賃を滞納している賃借人を追い出すために立ち入る場合には「正当な理由」は認められません。
よって、賃借人を追い出す目的で、賃借人の居室に無断で立ち入る行為は、法律上は「住居侵入罪」にあたりうると言えます。
不動産侵奪罪は、他人の不動産を侵奪した場合、すなわち占有者の意思に反して、不法に占有を自己に移した場合に成立します。
賃貸人が無断で鍵を交換し、物件の占有者である賃借人が立ち入ることができない状態にすることは、この不動産侵奪罪に該当しうるといえます。
このように、賃貸人が刑法に抵触する行為をしてしまった場合でも、実際に警察が来て賃貸人が逮捕され有罪になる、といった大事に至るとは限りません。
しかし、そうした違法行為を理由として、賃借人から慰謝料や示談金の支払を求められる可能性があります。
賃貸人がこのようなトラブルを生じさせずに明渡しを行うためには、法律の手続に従って対処する必要があります。
明渡し問題でお困りの際は、実力で賃借人を退去させるような違法業者に頼ることなく、まずは弁護士にご相談ください。
【注意】
弊所では、居住用物件については貸主様からのご相談・ご依頼のみをお受けしております。
居住用物件の借主様からのご相談・ご依頼(マンション・アパートを借りていらっしゃる方からの退去交渉等のご相談・ご依頼)は受け付けておりません。予めご了承ください(債務整理としてご相談をお受けすることは可能です)。
なお、テナント物件(事業用物件)については、貸主様・借主様いずれの方からもご相談・ご依頼をお受けしております。